相続開始後の配偶者居住権の保護|名古屋の司法書士八木隆事務所

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相続開始後の配偶者居住権の保護(相続法制改正)

平成30年相続法制の改正により、相続開始から遺産分割成立までの比較的短い期間の配偶者の居住権を保障する配偶者短期居住権と、遺産分割の成立から終身又は一定期間、配偶者に無償で居住建物の使用収益を認める配偶者居住権(長期)が創設されました。

 

この制度は、公布(平成30年7月13日)から2年を超えない範囲以内おいて政令で定める日から施行される予定です。
⇒施行期日を定める政令が制定され、2020年4月1日から施行されます。

 

現行では相続開始から遺産分割成立までの配偶者の居住権がどのように保護されているのか

相続開始から遺産分割成立までの生存配偶者の居住権の現行制度

 

平成8年に出された最高裁判所の判例法理により相続開始後の配偶者の居住権が保障されています。

共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右の相続人との間において、右建物について、相続開始時を始期とし、遺産分割時を終期とする使用貸借契約が成立していたものと推認される。(最判平8・12・17)

 

平成8年の最高裁の判例法理により、被相続人である夫が所有する建物に相続人である妻が夫の許諾を得て同居していたときは、相続が開始から遺産分割成立までの間は、使用貸借権に基づいて同居していた建物に居住し続けることができます。

 

使用貸借権とは、他人の物(ここでは、夫の遺産である建物)を無償で使用することができる権利のことをいいます。

 

また、使用貸借契約といった権限に基づいた使用ですので、自己の相続分の範囲を超える部分に関して、他の共同相続人から賃料相当額の不当利得返還請求を受けることもありません。

 

平成8年の判例では、保護の対象を、被相続人の許諾を得て被相続人と同居している相続人としているので、配偶者以外の相続人も保護の対象になります。

 

平成8年最高裁判例の問題点

被相続人との同居が要件となっていること

 

被相続人が施設等に入所していたり、離婚はしていないが長期間別居状態にある場合など、相続人が被相続人と同居しているとは認められないケースでは、使用貸借契約の成立が推認されないことがある。

 

特段の事情がある場合は、使用貸借契約の成立が推認されない。

 

例えば、被相続人が遺言で居住建物を同居人である相続人以外の者に遺贈したり、居住建物を目的に死因贈与契約を締結していたなど、相続開始と同時に同居人である相続人以外の者に当該居住建物を確定的に取得させる意思があると認められるようなケースが特段の事情に該当します。

 

特段の事情が認められると、配偶者は居住建物取得者から明け渡しを求められると、それに応じざるを得なくなります。

 

新設された配偶者短期居住権とは

新たに創設された配偶者短期居住権は、平成8年の判例を参考に、相続開始から遺産分割等により居住建物の帰属者が定まるまでの間、配偶者が今までとおり、無償で居住を継続すること保障した法定の権利です。

 

また配偶者短期居住権は、平成8年の判例では、保護の対象外であった第三者への居住建物が遺贈等された場合でも、配偶者が一定期間の居住を継続することが認められています。

 

1 居住建物を配偶者を含む共同相続人で遺産分割すべき場合の配偶者短期居住権

配偶者は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に無償で居住していた場合において、その居住建物について、配偶者を含む共同相続人間で遺産の分割をすべき場合、遺産の分割により居住建物の帰属が確定した日又は相続開始の時から六箇月を経過する日のいずれか遅い日までの間、居住建物の所有権を相続により取得した者に対し,居住建物について無償で使用する権利を有する。

 

2 1以外の場合(配偶者が居住建物に関する遺産分割の当事者とならない場合)の配偶者短期居住権

居住建物の所有権を相続又は遺贈により取得した者が配偶者短期居住権の照明津の申し入れをした日から6ヶ月が経過する日までの間、その者に対して居住建物について無償で使用する権利を有する。

 

平成8年判例で使用貸借契約が成立するには、被相続人の許諾及び被相続人との同居がその要件とされていたが、新たに創設された配偶者短期居住権では、これらの要件は課されていないので、被相続人が施設等に入所していて同居しているとはいえないケースでも被相続人が所有する建物に相続開始時に無償で居住していれば相続開始後居住を継続することが認められます。

 

また、平成8年判例では保護の対象を相続人としており、配偶者に限定していなかったが、配偶者居住権の保護の対象は相続人である配偶者に限定されており、配偶者以外の相続人は保護の対象外となります。
(配偶者以外の相続人の居住権は、従前とおり、平成8年の判例法理により保障されることになります。)

 

2の1以外の場合とは、配偶者以外の者が遺贈又は相続させる旨の遺言等により、配偶者が居住していた居住建物を取得した場合です。

 

平成8年の判例ではこのようなケースは、特段の事情がありとされ使用貸借契約の成立が推認されないとされてきましたが、新たに創設された配偶者短期居住権では、このような場合でも相続開始後一定期間、配偶者が無償で居住する権利を保障しています。

 

配偶者短期居住権が認められない場合

・配偶者が相続開始時に居住建物について配偶者居住権を取得した場合
・配偶者が相続欠格事由に該当し、または相続から廃除されたことにより相続権を失った場合

 

配偶者短期居住権において使用することができる建物の範囲

相続開始時に居住建物の一部を使用していた場合は、配偶者短期居住権の居住範囲もその一部に限り認められます。

 

居住建物の使用方法について

配偶者は、従前の用法に従い、善良な管理者の注意をもって、居住建物の使用をしなければなりません。
配偶者は、居住建物取得者の承諾を得なければ、第三者に居住建物の使用をさせることができません。

 

上記に違反した場合は、居住建物取得者は配偶者短期居住権消滅請求権を行使することができます。

 

居住建物の返還

配偶者短期居住権が消滅したときは、配偶者は居住建物取得者に居住建物を返還しなければなりません。

 

 

配偶者居住権(長期)

被相続人所有の建物に居住していた配偶者が相続開始後、長期的にその建物に居住し続けるための現行制度

 

・被相続人から贈与又は遺贈(相続させる旨の遺言による取得を含む)により、居住建物及びその敷地の所有権を譲り受ける方法

 

・相続人全員による遺産分割により居住建物及びその敷地の所有権を取得する方法

 

・居住建物の所有権を取得した者との間で賃貸借契約等を締結する方法

 

現行制度の問題点

居住建物及びその敷地所有権の評価額が、遺産全体の総額に占める割合が大きい場合に、配偶者が居住建物を相続すると、預貯金、現金等の流動資産を取得できない、場合によっては他の相続人に対して代償金を支払わなければならないことがある。

 

具体的事例その1

被相続人の遺産が配偶者が相続時に居住していた評価額2000万円の建物及びその敷地と預金2000万円であり、相続人は配偶者の他に子1人の場合

 

法定相続分に応じて遺産分割により配偶者が居住建物及びその敷地を取得しようとする場合、これらを取得するとその取得額が配偶者の法定相続分(2000万円)に達するので、さらに、預貯金を相続することができない。

 

 

配偶者に自己名義の十分な蓄えがないと、相続により預貯金等の流動資産を取得できないと老後の生活において、困窮することが考えられます。

 

具体的事例その2

被相続人の遺産が配偶者が相続時に居住していた評価額2000万円の建物及びその敷地と預金400万円であり、相続人は配偶者の他に子1人の場合

 

法定相続分に応じて遺産分割により配偶者が居住建物及びその敷地を取得しようとする場合、これらを取得すると配偶者の法定相続分(1200万円)をオーバーしてしまうので、子に400万円の預金を取得させたうえで、法定相続分に不足する800万円を配偶者が代償金として支払う必要があります。

 

配偶者が代償金を支払えない場合は、換価分割といって居住建物及びその敷地を売却してその代金を相続人で分配するか居住建物を共有することとし、賃貸借契約を締結することが考えられます。

 

前者の方法だと、今まで居住していた居住場所を失うことになりますし、後者だと、今まで通り居住を継続できるが、居住建物等の所有権を取得するのに比べてその地位は不安定となります。

 

居住建物及びその敷地の価額が、遺産全体の総額に占める割合が大きい場合(居住建物及びその敷地の価額が遺産総額の2分の1を超える場合)、被相続人が居住建物及びその敷地を配偶者に贈与又は遺贈すると、遺留分減殺請求の対象となることがあります

 

具体的事例その3

被相続人が配偶者に2000万円の居住建物及びその敷地を生前贈与し、相続開始時の遺産は預金400万円であり、相続人は配偶者の他に子1人の場合。

 

このケースでは、居住建物等の贈与は子の遺留分を侵害します。(子が400万円の預貯金債権を取得すると、その侵害額は200万円)

 

子から遺留分減殺請求を受けると、贈与又は遺贈された居住建物及びその敷地は配偶者と子が共有することになります。(なお、今回の改正法により遺留分に関する規定も一部改正され、遺留分を侵害された相続人が遺留分減殺請求権を行使した場合、侵害額に相当する金銭の支払いを請求することができる金銭債権が発生すると改められました。)

 

実際に、被相続人の遺産が自宅(居住不動産及びその敷地)と僅かな預貯金のみといったケースは多いといわれています。

 

そこで、今回の改正法で配偶者が相続開始時に居住していた建物等の所有権を相続するよりも、低廉な価額で取得することが可能な配偶者居住権を創設し、居住建物を確保した上で、老後の資金として預貯金等流動資産も相続し易いように、相続開始後の配偶者の老後の生活に配慮した制度改正がなされました。

 

新設された配偶者居住権とは

 

 

配偶者居住権の内容
配偶者が終身又は一定期間、従前の用法に従い、居住建物の全部を無償で使用及び収益することができる権利

 

配偶者居住権の存続期間は終身を原則としますが、遺産分割により取得するときはその協議により、遺贈により取得する場合は遺言により、家庭裁判所の審判により取得する場合は、審判の定めにより、存続期間を10年、20年などの一定期間とすることができます。

 

また、配偶者居住権は譲渡することができません。

 

配偶者居住権取得の要件
1相続開始時に被相続人が所有していた建物に配偶者が居住していたこと

 

2取得方法
@遺産分割協議により取得する
A遺贈により取得する
B遺産分割の審判により取得する
1)共同相続人間において配偶者が配偶者居住権を取得することについての合意が成立している場合
2)配偶者が家庭裁判所に対して配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出た上で、居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認められる場合

 

配偶者居住権の設定登記

配偶者居住権はその登記をしなければ、第三者に対抗することができないとされました。

 

借家権は借家人がその建物を占有することにより第三者に対しても借家権を主張できるのとは違いますので注意が必要です。

 

配偶者居住権の設定登記をしないと、居住建物の所有者が当該居住建物を第三者に譲渡した場合、新所有者が配偶者に明け渡しを求めると配偶者は当該居住建物から出て行かなければならなくなってしまいます。

 

配偶者居住権に基づいて居住を確実に継続するために、必ず登記を行う必要があります。

 

居住建物を相続した者は、配偶者居住権の登記申請に協力する義務があります。

 

配偶者居住権の課題・問題点

1 配偶者居住権の価額をどのように評価すべきか
遺産分割協議において評価額について、相続人間で争いになることが考えられます。

 

配偶者居住権の評価について法制審議会が簡易の算定方法を提示しているので参考になります。

 

計算式
長期居住権の価額
建物の価格(固定資産税評価額)−配偶者居住権付建物所有権の価格

 

配偶者居住権付建物所有権の価額
建物の固定資産税評価額×(法定耐用年数※1−(経過年数+存続年数※2))÷(法定耐用年数−経過年数)×ライプニッツ係数※3

 

※1法定耐用年数
減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和40年3月31日大蔵省令第15号)において構造・用途ごとに規定されており、木造の住宅用建物は22年、鉄筋コンクリート造の住宅用建物は47年と定められています。

 

※2配偶者居住権の存続期間を終身と定めた場合の存続年数
簡易生命表記載の平均余命の値を使用するとしています。

 

※3ライプニッツ係数
配偶者居住権の存続年数により以下の数値になります。
債権法改正案(3%)  現行法(5%)
 5年 0.863   0.784
10年 0.744   0.614
15年 0.642   0.481
20年 0.554   0.377
25年 0.478   0.295
30年 0.412   0.231

 

事例1 マンションの場合

築10年、鉄筋コンクリート造、固定資産税評価額2000万のマンション一室を対象に、存続期間を20年とする配偶者居住権を設定した場合の価額

 

配偶者居住権付建物所有権の価額
2000万円×(47−(10+20))÷(47−10)×0.554=509万円

 

配偶者居住権の価額
2000万円−509万円=1491万円

 

事例2 戸建て住宅の場合

築10年、木造、固定資産税評価額1000万円、敷地の固定資産税評価額4000万の一戸建て住宅を対象として存続期間15年の長期居住権を設定した場合

 

配偶者居住権付建物所有権の価額
1000万円×(20−(10+15))÷(20−10)×0.642=0円

 

配偶者居住権の価額
1000万円−0円=1000万円

 

上記計算式に当てはめると配偶者居住権付建物所有権の価額は0円になるので、配偶者居住権の価額は、建物の固定資産税評価額と同額の1000万円となる。

 

敷地利用権の評価方法
居住建物が一戸建てである場合には、配偶者は長期居住権の存続期間中は居住建物の敷地を排他的に使用することとなるため、敷地利用権について借地権等と同様の評価をする必要があるとされています。

 

法制審議会ではその評価方法として甲案、乙案の2案を提示していますが、ここでは、ライプニッツ係数を利用した甲案を紹介します。

 

計算式
長期居住権に基づく敷地利用権の価額
=敷地の固定資産税評価額−長期居住権付敷地の価額

 

長期居住権付敷地の価額
=敷地の固定資産税評価額×ライプニッツ係数

 

配偶者居住権付敷地の価額
4000万×0.642=2568万円

 

配偶者居住権に基づく敷地利用権の価額
=4000万−2568万円=1432万円

 

配偶者居住権の合計額
配偶者居住権の価額+配偶者居住権に基づく敷地利用権の価額
1000万円+1432万円=2432万円

 

 

法制審議会が提示した評価方法は、簡易な算定方法ですので、建物の評価額は固定資産税評価額を用いていますが、実勢価格と固定資産税評価額が乖離している場合は、固定資産税評価額ではなく、実勢価額を用いることも考えられます。

 

この評価方法は、不動産評価についての専門的な知識がない相続人でも容易に評価額を計算することが可能であり、またある程度その評価額について客観的合理性が認められるといったメリットがあります。

 

しかしながら、不動産の評価は様々な要因で決定されるものであり、固定資産税評価額が同額の不動産であったとしても、正式な不動産鑑定を行えばその額が異なることもあります。

 

より正確な配偶者居住権の価額を算定する場合は、不動産鑑定士の鑑定評価が必要になります。

 

2 存続期間を一定期間とした場合、その期間経過後も配偶者が生存しているときはどうするのか
存続期間が満了すると、法律的には配偶者居住権は消滅し、配偶者は居住することができる法的権限を失うことになります。

 

3 評価によっては、配偶者居住権の価額が、何ら負担のない居住建物所有権の価額と大差がないこともありうる
このような場合は、配偶者居住権を取得するメリットが減殺されてしまいます。

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